草炎の歴史

●創始者 大中 祥生(おおなか しょうせい)(1923〜1985)
 草炎は昭和24年に「あらくさ吟社」を「草炎俳句会」と改称して、『草炎』を創刊したことを嚆矢とする。


大中祥生について(PDF)
 ・・・「やまぐちの文学者たち」より
 (発行:やまぐち文学回廊構想推進協議会)
大中 祥生
大中 祥生

○祥生の代表二十句
無名の鵜育て悲鳴の日本海
肥大心臓透き領海の海鼠喰う
深い眠りの乳母車寄せ爆心標
木蓮ひらく領空ただれ武者の裔
献体のかばね燃えだし青き踏む
淡紅の蓮咲きむごい時間かな
沈む岩浮く岩秋の目を冷やす
佳境の椅子揺る鬼二つ秋まつり
胸熱く過ぎる韮がゆ流離なお
嗅いでゆく梅林一盗二婢づかれ
老いが騎る鹿ゆるぎなく柿の花
馬の目が濡れて駅出る雛まつり
自画像が遺書いっぽんの端午
葉桜が緻密死にゆく鯛のいろ
冬の蜂ころび無傷の空のこす
基地見えて牡蠣飯昼の舌こがす
骨折れの傘かたく巻き牡丹園
薪積んで焚口潤む冬の窯
根白草踏んでは隠れ耶蘇さがす
四五人が過ぎて鳴り出す枯れ芭蕉





○大中 祥生(おおなか しょうせい)のプロフィール
 大正12年、山口県玖珂郡川越村(現・岩国市周東町川越)に生まれる。


●草炎の歩み
昭和24年 大中祥生、あらくさ吟社を草炎俳句会と改称。『草炎』創刊。
昭和44年 休刊していた『草炎』を大中祥生、久行保徳らが復刊。
昭和47年 第1回草炎全国俳句大会開催。
昭和60年 大中主宰死去。大中誉子を代表として同人誌体制に。
平成11年 『草炎』創刊50周年記念合同句集『海溝』第11集刊行。
平成16年 久行保徳が主宰となり、主宰誌体制に復活。
平成21年 『草炎』創刊60周年記念合同句集『海溝』第12集刊行。



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